ゆっくりしてっておくれ

高虎公を偲んで

津城てなわけで、昨日は首都の津にある法務局に行ってきまして。
伊勢にもあるんですけど
ちょいと大きな手続きは首都まで行かないと受け付けてくれないんですよ。
で、
せっかく遠出なので
近くのお客さんの所に顔を出して
それでも30分くらい到着が早かったので
車を置いて、ちょいと津城を散策しました。
津城津城って無名ですけど
一応、かつては二重の堀を備えて
家康公の信任篤かった藤堂高虎公の居城で。
で、
高虎公については加藤清正公と並ぶ築城の名人だけど
何度も主君を変えていて
なんかイマイチな感じでずっと思ってたんですけど
ちゃんと調べてみたら、とんでもない。
凄い人ですわ。
最初は近江の百姓/足軽からスタートして
高虎公プーも経験して
主君の評価に納得いかないとプイッって他所に行っちゃうんですけど
戦に出ると必ず戦功をたてて。
で、政治家としても優秀だったようで
しまいには家康公が死去にあたって枕元に座するのを許されたメンバーの1人ですよ。
かなりはしょって書いたですけど
とにかく凄い人物なんですわ。
部下である藩士らへの思いやり、領民からの支持。
まさに「男の鑑」って感じ。
水吐くアレWikipediaですみませんけど、損させないから高虎公の略歴を読んでくださいよ。
かっこよすぎますから。
惚れる。
で、満身創痍の75年の生涯を終えて
上野に埋葬されたそうですけど、津城にも高虎公を祀ってる神社がありまして
お参りさせていただきました。

まだ書きたいんですけど
ちょいと鈴鹿まで遠出せねばならんので失礼します。
この時間に出るのって道が混んでてイヤだわ。

この記事を書いた人
コメント (4)
  1. 蒼井シジン より:

    こんにちは。
    藤堂伊勢津藩と言えば、私の敬愛する雲霧仁左衛門の出自とされていますし、新選組の藤堂平助は藤堂藩主某のご落胤とされたりしていて、何故か身近に感じられます。松尾芭蕉も伊賀上野出身ですが、伊勢津藩の一部ですね。芭蕉忍者説(全国を行脚して情報を集めていた?)、と言うのもありますが、雲霧仁左衛門は忍者の流れを汲んでいて、と言うのは勝手な夢想です。
    意味不明ですみません。

  2. もも より:

    この前、登城してきました。彼の作だったとは。
    お城は遠くからは見えるのに、ふもとに行くと天守が直前まで見えずにいました。
    石垣、もっと撮っておけばよかった(^o^;

  3. より:

    こんにちは~

    へぇ~雲霧仁左衛門さんとは
    恥ずかしながら知らなかったのですが
    講談本をベースに池波正太郎さんが採り上げたんですね。
    もう、名前からしてかっちょいい感じです。

    で、芭蕉忍者説は、僕も支持しています。
    記録(おくのほそ道)によると、やたら足が速いというのもありますけど
    けっこう若いうちから唐突に俳聖的な扱いを受けていたのも不自然というか別のチカラによるお膳立てのような気がしています。

    名物だらけの県で、
    ブログ書きには ちょっと助かってます。

    いつもいつも ありがとうございます。

  4. より:

    こんにちは~

    そうそう、そうなんですよ!
    宇和島城、いいですよね~
    石垣がシュッってしてて。
    伊達さんに改修されちゃったのが残念ですけど
    まぁ現存しているだけ恩の字って感じですか。

    で、他にもやたらと多くの建築物を手掛けていますけど
    極めつけが、今日知って驚いたんですけど
    あの南禅寺の三門ですよ。
    石川五右衛門の「絶景かな~」で有名なアレ、春に登ってきたんですけど、まさかウチの殿だったとは。

    てか、僕の行き先、過去に訪れたイロイロ
    殿の作品率、多すぎw

    宇和島城、また行けばいいじゃないですか~
    その時、その時で観る角度が違って、
    それもまた楽しや ということで。

    いつもいつも ありがとうございます。

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