小学生の前半、東京は練馬の社宅に住んでたとき
学校までの通学路に「あんこ屋さん」がありました。

いや。あんこ屋と呼んでいたけど正確には小さな小さな製餡所で、
頼めば小売りもしてくれるんだろうけど、基本的に工場でした。

学校帰りにその製餡所の前を通ると、工場の前の道端には
おそらく「こしあん」を作った後のカスであろう、紫色と焦げ茶色と灰色を混ぜたような
ホカホカの小山が出来上がってまして。
製造過程のあんこ特有の渋みのある匂いの湯気を立てて。
まだ、環境問題とかがやかましくない時代でしたから。

僕らちびっ子たち、最初のうちは拾ってきた木の枝を刺したり、ささやかな遊びをしておりました。
あんまり派手なことはできないのよ。
工場の人に見つかると怖いからねぇ。

ある日、同じ社宅の住民で、いつも親分風を吹かしている1級上の小泉タケオ君(漢字、知らん)が、
その製餡所を指さして「ここ、キャッシー中島の実家だぜ。時々帰ってくるんだぜ」と言ったことから、
その日以降その製餡所はキャッシー中島の実家ということになってしまいました。

そう。
何を隠そう
中島とは、キャッシーの事であります。

で、僕はそれから約40年間
「子供の頃、近所にキャッシー中島の実家があってさ。あんこ屋でさ」って
数十人に言いふらしました。

さっき、それを思い出してグーグルで「キャッシー中島 実家」って調べたけど、
あんこ屋とか全然そういう情報は得られませんでした。
いや、練馬区すら出てこなかったです。

こりゃ、タケオ君に、まんまと やられたな。
うっかり墓までニセ情報を持って行くところだったぜ。

まぁ、キャッシー中島の実家の場所が情報と言えるのか、それはともかく。

なんか、ディテールが細かい割に あんまり面白くなくてごめんなさい。
製餡所のカスの小山を思い出して
「アレ書こう!」って思ったときは結構イケそうだったんですけどねぇ。

実話ベースだと話のダシが薄いっていいますか。
本当のダシでも天然だと現代人の飽食味覚では薄く感じますもんね。

と、謝る振りして
さりげなく天然ダシをアピールw

モノは言いよう~♪

反省の色、無し!
センテンススプリング~

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